こんにちは、よたろうです。
今回は足柄下郡湯河原町の城願寺を紹介します。
データ
- 名称:万年山 城願寺
- 宗派:曹洞宗
- 本尊:聖観世音菩薩
- 拝観料:志納
- 訪問日:令和5年1月29日
源頼朝を支えた土肥実平一族の菩提寺
城願寺は土肥実平とその一族の菩提寺で、今から約900年前にこの地にあった荒れ果てた密教の寺院を、土肥実平が「萬年の世までも家運が栄えるように」と「萬年山」と号した持仏堂とし、萬年山城願寺として再建したのがはじまりといわれています。
山門から石段を登り、境内に足を踏み入れた右手には「七騎堂」という小さなお堂があります。
この七騎堂には、治承4年(1180年)の石橋山の戦いで平家方の大庭景親の軍勢に敗れた源頼朝が、土肥実平の手引きで真鶴の浜から小舟で安房国へと落ち延びた際に同船した主従7人の木像が祀られています。
なお、その主従7人=七騎とは以下のとおりです。
- 源頼朝
- 土肥次郎実平
- 安達藤九郎盛長
- 土屋三郎宗遠
- 岡崎四郎義実
- 田代冠者信綱
- 新開次郎忠氏
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では北条義時もここに同船していましたが、この脱出劇(頼朝七騎落)には含まれていなかったんですね。
また、この城願寺の境内には神奈川県指定史跡でもある土肥一族の墓所があります。
墓所には66基の墓石があり、嘉元2年(1304年)7月の銘のある五層の鎌倉様式の重層塔や、永和元年(1375年)6月の銘のある宝篋印塔をはじめ、塔身が球形をした五輪塔などの各種の墓型が揃っていますが、このように一つの墓所に各種の墓型が見られるのは関東地方では珍しく、貴重なものなのだそうですよ。
ちなみに、江戸時代後期の文化12年(1816年)には、源頼朝を支えた土肥実平の事績を耳にして感動した伊能忠敬率いる測量隊が、この墓所を参拝したと伝わっています。
城願寺は土肥実平の居館があったとされる現在の湯河原駅付近からは10分ほど坂道を登った先にありますが、相模湾を一望できる絶景を楽しめますので、ぜひお散歩がてらお参りしてください。